2014年6月3日火曜日

フィンチグレース史さん ☆彡

「2012年とその後」


 


この本そのものが とっても 素晴らしかったのは




もちろんのことですが



この本の 訳者の

最後の  あとがき に


ものすごく


引き込まれました





その文章が 史さんとの 最初の 出会い☆彡




エンジェルやフェアリー達に


この記事を 書いて


と 言われてる気がするので


書かせていただきます。









訳者あとがき〜 2012年とその後〜より





2010年、 新緑溢れる善福寺川緑地公園の広場。




そこにある大きな木の下に座り込み



新品の白いパソコンを広げ、



本当に



現実かと疑いたくなるような幸せに浸りながら、



この本を翻訳しました。



周囲のエネルギーと溶け合い


輝く緑を見渡し、



視覚のピントを変えると見えてくる銀色の光、




空気のプラナを眺め


エレメンタルを感じながらエレメンタルについて


書かれている章を訳し、




色々な木の下に座って


それぞれのエネルギーを味わいながら



木の章を訳し、


地球にグラウンディングし


 天に波長を合わせ、


各章に紹介されているエクササイズを


しながら、


この素晴らしい本を訳できるという日がくるなんて!








天使が与えてくれた 夢の実現に



言葉では 到底表せない感謝の気持ちで



いっぱいの春、



そして


夏を


過ごさせていただきました。





私、 



フィンチ史は 


東京杉並区にある


青葉ジャパン・インターナショクールで



子供たちに音楽や美術を教えています。







10年程前、私はイニシエーションの真っただ中でした。






とても苦しい経験をしている時


インド出身の



教え子の祖父が


大学の物理学の教授で


ありながら




ヒーリングも教えるという話を聞き、




早速ヒーリングを受けに行きました。






その後インドまで 出向き


ティーチャーコースを終了し、



学校で教える傍ら



重い病気や問題を抱える人にヒーリングを



させて頂きました。


しかし、


インドで



まだまだ幼稚園レベル



と言われた通り



生きていけるヒカリを見出せたものの




人生の中の問題は 



次々と絶える事なく


はっきりとした解決法も


見つけられず


もがき苦しんでいました。




その当時 働いていた、都内にある




某インターナショナルスクールに




新しい教師が赴任してきました。





一目見たときから、


大親友になった キャサリン・グレース・デ・シルバ。



まるで 


天使のように優しいキャサリンからもらった


天使の本。




それが 私と ダイアナクーパーとの



最初の出遭いでした。















本を読むだけで 


天使の愛に包まれるようなやさしさに



溢れた数々の本。







ダイアナクーパー.jpg



本を広げれば、もう天使が私を包み込んでくれる〜



しかも


すべてが分かりやすく、


いつの間にかすっと理解できてしまう。





それ以来


ダイアナクーパーは 


私にとって


最も大切な師となったのです。



何度も 何度も 本を読み、



CDで毎日瞑想し、



カードでメッセージを受け取り



私なりに学び続けました。






友人へのプレゼントは


 いつもダイアナの本、


CD、カード、


貸してあげたまま戻ってきてない本もCDもたくさんあります。










それでも、どこかで誰かが




ダイアナクーパーの本を通して天使を知る



という幸運を


手にしているなら



それが私のしあわせなのです。





そしてもう、ダイアナクーパーについては何でも



知っているような気になっていた頃




また 暗闇のトンネルへと 転げ落ちてしまいました。




藁にもすがる思いで


ダイアナクーパースクールの通信教育を



始めました。




その申し込みを



パソコンでしたとたん



穏やかな光に包みこまれ、




深いヒーリングの眠りに入って行ったのです。




目が覚めた時私は、



申し込んだだけで


こんな凄いことが起きるなんて



どんなに素晴らしいコースなんだろう!




と期待で胸が膨らみました




それは 期待通りの物だったのです。


自分で本を読むのとは、


また違うエネルギーなのです。









来る日も来る日も通信教材のCDで瞑想し

大好きな


ミルドレッド先生に レポートを書きまくりました。



そのミルドレッド先生から



いただくメールがまた、


素晴らしいのです。


そして、


第一過程、第二過程、第三過程と



終了しながら


抱えていた問題も


一つ一つ


現実的に解決していきました。




ダイアナクーパーの署名の入った修了書をもらった時は




天に昇るように嬉しくて



ゴールドバイオレットの大きな額に納めて



私の天使の部屋、



頭上高く掲げました。






数日後、明け方、天使に






「日本に先生を呼んで、 ワークショップを開いてもらい、

ダイアナクーパーワークを人々に紹介しなさい。」








と言われました。







それまでも色々なメッセージをもらっていましたが


こんな責任が重い仕事、


素人の私にできるわけがない、と


数日何もしないでいました。


が、


行動に移さない限り、



落ち着けないのは


分かっていたので、


ある日勇気を持って


ミルドレッド先生に、




私がワークショップを企画したら

来日してくださいますか、、







メールしてしまいました。


そんなの無理と言われるのではと


ハラハラと返事を待ちました。


大感激の承諾を頂いた日、

それはキャサリンと私が


再び同じ職場で働ける様になった日でした。



違うスクールで働いていた二人を


天使が再び一緒にしてくれたのです!





もちろん


キャサリンも喜んでこのプロジェクトに参加しました。




職場には各プロジェクトに教師のコミッティーがあります。


それをまねて


「ダイアナクーパースクールを招く会」にしよう!



はしゃいでました。


そんな喜びもつかの間



その時から


大きな挑戦が始まりました。



まずインターネットを開いて


ダイアナに関係がある会社や


ダイアナのことをBLOGに


書いていらっしゃる方に


連絡を取り、


協力をお願いしました。


その時


とても親切で丁寧なメールを下さり、


お遭いしたことも、何のコネクションもないのにも


関わらずホームページで


紹介してくださるなどの応援をして下さったのが


今回この本を出版することになった


三雅の広常 豊子さまでした。



多くの方のご協力のもと


2010年3月

ダイアナクーパースクール、

プリンスパルマスター、


ミルドレッド・ライアン




エリザベス・アン・モリス

による


第一回目のワークショップを


実現することができたのです!


感謝!




その準備に追われていた頃


また明け方天使に





「2012and beyond  を日本語に翻訳しなさい」







と言われました。



そんな! 無理です!


と思いながらも


職場まで 走って飛んで行き


とにかく イギリスに翻訳させてください






メールしました。



メールした後



私は 何をしているんだろうと、





大胆にそんなメールをした


自分が信じられず



恥ずかしくなってしまいました。



しばらくして、


転送されてきたダイアナと英国の出版社の



やり取りのメールの中に


私の名前を見つけ、



「ダイアナが翻訳者として私を推薦してくれてる!」






そのまま言葉にならない喜びを叫び続ける私を


二人の息子が 


びっくりして見ていました。



ワークショップを手伝ってくれている仲間の一人の


カズンズ由季子は


いつかダイアナの本を訳したいと言っていた


優秀なプロの翻訳家です。


招く会を通して月刊アネモネに


ダイアナの記事が

掲載された時の編集者と

ダイアナ間の取材のやり取り

ワークショップで使う

資材や天使のカードの翻訳も



共に手掛けていました。


天使は


必要な人を用意してくれているのです。



一緒にして!

とお願いしたところ


「私がまず日本語にするから、



あなたの霊感とスピリチュアリティで


どんどん書き換えて!」




言ってくれました。



なんて頼もしい仲間でしょう!



そして


英国の出版社から


告げられた



日本での出版元は


なんと


あの

親切な 三雅!


本の翻訳はまるで初めての 



フィンチとカズンズを引き受けるという



大きなハートと魂の
(きっと不安だったと思います)



決断をしてくださいました。




三雅の広常豊子さまが与えてくださった

このチャンス、


そして広い心と忍耐でのご指導に

心から

感謝いたします。


たくさんの質問に

丁寧に根気よく答えてくださった

アイルランドの

ミルドレッド・ライアン先生


スコットランドの


エリザベス・アン・モリス先生、


そしてダイアナ・クーパー氏なしでは、


私達にこの翻訳は できませんでした。


心から感謝いたします。



この本を日本で出版するために

働いた、




クメカ、大天使メタトロン、

その他全ての天使と


マスター、

そしてエレメンタル達、

その叡智、


愛、光が


日本に広がる事を願って


感謝と共に!



2010年8月

フィンチ史&カズンズ由季子







2012年とその後

を読んで


そして


この あとがき を 読んだとき





いつか


いつか


この フィンチ史さんに


お愛できたら〜なあ 




思いました!





それこそ

本当に


この あとがき に惹かれて


何回

読んだことか! あとがきを!笑



そんなの 無理だしーーー







思う自分もいたのですが



2012年 12月12日



その 史さんに 豊橋で


お逢いできた時



天使の導き!と



 本当に 本当に 思いました









史さんは


別れ際


ハグをしながら




「 うん、 また 絶対逢う!」







言ってくれました



その言葉通り!



の展開が 進みだしました笑







2012年12月12日の


一連の出来事は


まさに

私に とっての



ダイアナクーパーが導いてくれた


神聖なる ユニコーンと 天使の光でした☆





流れるままに〜




手放しで



ひとつ ひとつ


丁寧に
 

クリーニングしながら


自分の♡ハートに従って〜



これからも



進んでいきたいな〜



なんと



明日は 史さんの



お誕生日だそうですよ☆彡









この BLOGを書きたくなったのは


そのせい!??



ダイアナの天使を


日本にもたらしてくれた


史さんに


最大の感謝をこめて〜♡



ありがとうございます


そして


お誕生日 おめでとうございます(^^♪



































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